だきらぼ

だっきーがお送りする考え方と思考の場

大学という居場所

どうもだっきーです。

 

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ここでは...

  • 「大学」がどういう場所なのか
  • 強制でもないのに大学に入る人が一定数いるのはどうしてなのか
 
という問題を着目してみたいと思います。(まとめに考察しています)
 

色んな学生が大学というものに対して過大に評価し、高校から進学してきました。しかし、学問への探求は簡単なものではなく、高校までのように「いい子に座っている」だけでは何も解決しない...というのが大学という場所の特色です。

 

少し前であれば「いい大学にはいれば就職先も安定し上場企業に入社することも夢ではない」といわれてきました。そのため、高校生は必死に詰め込んだ知識をかき集め、いい大学へと進んでいったという過去の話があります。(今でもそう信じている人もいますが...)

 

そのような背景がありながらも、進学してきた大学生たちはどのように感じ大学生活を謳歌しているのでしょうか。それでは、一緒に考えてみましょう!

 

 

大学は居場所か

最初の議題点は、大学は「居場所」なのかということです。

 

学問を探求する場所であって、「居場所」ではないと私は感じています。

 

居場所というのは、抵抗なく居続けられる場所であること居心地の良さを感じる場所であると私は考えているからです。大学も経営難でエンターテインメント化されてしまったところも多いので仕方がないとは思いますが、社会に貢献できるような研究ができるスタート地点でもある場所なのでエンターテインメントにして学生を確保するのは一個人の意見としてはよくないと思っていますけど...

 

私が最近の思うのは「大学の居場所化」です。

 

学生が食堂や図書館に集団で集まり、談笑を楽しむ。

 

それだけだといいのですが、講義中に理解もできないのにスマホに夢中になったり、挙句の果てには隣の人と談笑を始めてしまう始末...

 

そういった学生の話を耳を立てて聞いていると「講義<バイト」という認識が強く、バイトまでの時間つぶしのために大学を居場所化にしてしまうのだとか。

 

大学とはどういう場所か...ということを改めて再確認する必要があるかもしれません。

 

今の学生は、せっかく高い学費を払って「繋がれる友人関係」を望んでいるという現状なのかもしれないですね。

 

 

理想的な大学の構造

理想の大学の構造とは...というと万人に合った回答を出せるわけではありませんが、私の中では2つあります。

 

1つは、「学問を探求する場所」としての大学です。社会貢献のできるスタート地点であり、知識の宝庫である場所だと考えているからです。

 

もう1つは、「学校が苦手な人でも受けられる」大学です。小中高といったクラスという「枠」に閉じ込められることの苦手で学校に行きにくかった人や対人関係がうまくいかなかった人でも、大学という「学問だけに追求」した場所であれば学びも一点とするでしょう。

 

大学の授業は最低限受けなければいけないものはありますが、自分の好き嫌いを選んで履修することができます。好きなものだけを特化して取り組んでもいいですし、満遍なく履修する人もいます。

 

また、講義を受けることは「学問の入り口であって基礎を学んでいるだけ」にすぎません。ニュースとかでも見出しを見て気に入ったものは記事を読むでしょう。それと同じように講義で気になったことは、「自分で調べて、理解を深めていくもんだ」と私は考えています。

 

 

大学生に利用してほしい大学

せっかく高い学費を出して、学業をいそしむために通っているのであれば学費分ぐらいは元を取れるぐらいのことをしなければ損した気分になります。

 

今から挙げるのは一例ですが、どの学校にもできることだと思って書いてあります。ぜひ活用してくださいね。

 

  • 図書館の利用

図書館の本は専門性の高い本がたくさん並んでいて読むのは嫌だな...と思う人もいるかと思いますが、自分で買うよりも無料で借りられるのでこれだけで年間の学費分はトクできるかと思います。

 

  • 食堂

食堂のご飯は、コンビニ弁当より量も多く、安く、栄養バランスもとれているので弁当を作る時間がない方にとってはオススメです。

 

  •  ライティングセンターに活用

大学のレポートや履歴書の添削などを行っている場所で社会人が受けるとなるとそれなりとお金がかかるので無料で身に着けられるのであれば、文章の書き方を身に着けることができるかもしれませんよ!

 

まとめ

さっそく、整理していきたいと思います。

 

「大学」がどういう場所なのか

大学はあくまで研究機関であり、エンターテインメントではない。

 

しかし、経営を維持できない大学が増えてきたため、学生のニーズに合った形へと変化しなければいけなくなった。そのため、学生にとっての居場所になり始めた。

 

大学の質が落ちると、社会的貢献のできる研究者の数も減っていくため、社会の歯車が思った以上に回らなくなってきた。社会への人材としての大学生の質も低下してきた。「国」レベルの問題ではないのだろうか。

 

 

強制でもないのに大学に入る人が一定数いるのはどうしてなのか

何の目的もなく、大学生になる人は一定数います。

 

それは、親世代の人たちが大学から会社に入ることで「いい職」に就けられるという体験をしているからです。終身雇用が崩壊しようとしている今では、大学を出ているだけでは「いい職」に入れるかはわからない。

 

なぜ、大学を出ることで「いい職」に入れるかというと、昔の大学は学問としての大学であったため、今よりも狭き門であり、社会的貢献を満たせる人が「いい職」につけたのである。(もちろん、いい大学に居ればおこぼれで上場企業からオファーがあったりするからでもあるが...)

 

今では、そんなことが起こりにくい。大学が疲弊して客寄せとしてエンターテインメント化してしまったからだ。大学の衰退であると私は考えている。

 

しかし、研究意欲のない大学生がたくさん入ってきたところで、社会的貢献をすることは難しいだろう。学生はそれでもよくわからない期待をし、家庭的財産も沢山ないのに奨学金を借りて大学に進学する。

 

大学が奨学金を渡すのは「貧困でも大学で社会的貢献ができるという期待を込めているから」であって、社会的貢献ができない人にとっては就職後も奨学金を返せず困るのです。制度がなければ「万人が入れる大学」にならないので使う人は気を付けるべきだと思います。

 

大学で何か身につくだろう、高校の延長線だろう、と考えている学生にとっては、大学に搾取されて、得られるものがなく卒業してしまうのかなと考えられます。「就職のとき有利」という時代は最初からなかったのです。

 

総括

大学に入ることは簡単でも出ることが難しい...という言葉をどこかで聞いたことがあります。それは、大学もお金が必要で研究熱心の学生ばかりを選べる時代ではなくなったからです。そのため、卒業するための卒論に苦戦してしまうのです。卒業研究の質を落としてしまうと卒業はできますが、社会の求めている水準に達することなく出てきてしまうため、大学生の価値が企業に見いだせなくなったのです。

 

自分の首を絞めない大学ライフを楽しんでくださいね!

 

Twitterという居場所

どうもだっきーです。

 

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Twitterについて少し考えてみました。

 

具体的には以下の2つことを考えていきたいと思います。

↓   ↓   ↓

 

1.Twitterとはオープンな居場所ですが、見てくれるお客さんがいないとクローズドな居場所に変化します。人々が求めているTwitterでの居場所はどんなところにあるのか。

 

2.情報が右往左往する中で、ブロガーが理想的な居場所とはあるのだろうか。

 

なんでこんなことを...というと私もわかりませんが、Twitterでの居場所に迷走しているためこんなことを書いているのかもしれませんね。落ち込まず、俯瞰して物事を見つめ直すことが今回は「Twitterでの居場所」を考えてみたいと思います。

 

 

 Twitterを活用する人たち

はじめに考えなければいけないことは、どんな目的なのかという大枠を知らないと偏りが生まれるかもしれません。しかし、私が調査したわけでもなく、ここでは主観的ではありますが、Twitterを使用する人たちの一例を挙げてみました。

 

  • 情報を収集することが目的
  • 情報を拡散してもらうことが目的
  • 個人的な知り合いのみとつながることが目的

 

私の経験から「3つの属性」に分かれるのではないかと考えました。

 

情報を収集することが目的な人は、いわゆる「ゲーム情報専用垢」とか「素敵な写真があるとRT」するといった趣味をTwitter内で満たせられる環境にしている人のことです。他にも「流行やトレンドを追うこと」や最近ではテレビよりもツイートで「災害情報」を確認するといったことも含まれます。

 

情報を拡散してもらうことが目的な人は、自分の面白い体験やどこかしらでインプットした知識を呟く人のことです。ブロガーは、情報を拡散してもらうことで自分の書いている記事に触れやすい構図になっているので比較的利用しているのだと考えられます。

 

また、情報を収集することが目的な人とは相性がいいので、提供しやすい環境を整えること(情報の範囲を理解すること)で固定ユーザーからの情報提供者にすることもできます。

 

個人的な知り合いのみとつながることが目的の人は、流れてくる情報も少ないですが、友人がどんなことに興味を持っているのかということを把握することや小規模コミュニティだからこそ話せることを呟いています。

 

複雑に分けるとこれ以外の目的をもって楽しんでいるTwitterの使い方があるかもしれませんね。私ははじめは、Twitterというものがとどういうことをすればいいのか分からず個人的な知り合いとしか繋がりませんでしたが、慣れてくるといろんな人と交流するようになってきました。

 

 

Twitterを居続けてしまうのはなぜか

Twitterをしているとあっという間に時間が過ぎてしまいます。それはなぜなのか、というとみている居心地がいいのだと思います。常に新しい「ツイート」が流れてくるからです。また、ゲームとは違って終わりはないというのも特徴だと思うのです。

 

また、リアルタイムでツイートに対するコメントを返信し、やり取りをとることができるので、普段話すことが苦手であっても、Twitterという世界で情報を交換し、コミュニケーションをとることができるのです。

 

現実から離れてTwitterという居場所でコミュニティに根を張ると、次第に現実での面白さを見いだしにくくなるという問題も発生しますが、私としてはこの居場所があることで社会的な孤立を防ぐことができるので良いものなのではないかと考えています。

 

社会的問題は、ネットが普及されてから増大したという声も聞いたことがありますが、私としては、ネットがあるから社会的問題をネットを通じて声をあげることができるのだろうと思います。ヘルプサインをいち早く出すことができるため、救える確率も増大したのです。

 

Twitterをなかなか辞められなくて困っている」という方も多いと思います。常に情報が飛び交うということはマルチタスクを常時行っているようなものなので辞めにくいのわかります。終わりがないことをする場合は、何かしらの時間の制約を設け、その時間だけ楽しむということがいいかと思います。

 

 

ブロガーにとって居場所なのか

 私が立ち上げているアカウントでは、ブロガーさんがよく集まります。同系統の人は集まりやすいからということもあるのですが、とても仲が良いというのが特徴的なコミュニティになっています。

 

そもそも、ブロガーさんたちは、記事を書くのが一人なので会社のようにどこかを借りて記事を書いているわけではないので、比較的クローズドなコミュニティだと思っていました。しかし、そうではないみたいです。

 

なんでアカウントを作り、仲良くコミュニティを形成しているのかというと、どの人も記事を書いているので伝える力が上手だからです。自分とジャンルが違うブロガーさんであっても「こういう書き方があるのか」「こういう言い回しがあるのか」といった勉強をしやすいからです。

 

居心地がいいかというと、本業が記事を書くことであるはずなのでずっとはいられませんし、通知がたくさん来たらやることがいっぱいいっぱいになるかもしれません。あくまで、自分のペースに合った快適なTwitterの居場所を自分の力量と自制心を天秤にかけて楽しまなけれいけませんね。

 

 

まとめ

今回は「Twitterの居場所」ということを 中心に考えてみました。

 

Twitterは色んな人が「情報を発信し、活用し、受け取る」といったとても複雑なのだと思います。しかし、その複雑な中でコミュニケーションをし、見えない人間関係を構築しているというのも現状です。

 

見えない人間関係は、対面して話すよりも距離が遠くにあるため落ち着けるという人もいるでしょう。気をつけなければいけないのは、匿名性ゆえに情報の信ぴょう性もなく、「すべて鵜呑みしてはいけない」ということを認知したうえで会話を進めていかなければ、知らず知らずのうちにフェイク情報を掴まされているかもしれないからです。

 

自分の信じれる情報を信じたら一番いいのですが、年齢とか関係なく文章力だけのフラットな世界である「Twitter」。みんなが快適に過ごせることを願っています。

 

 

ストレスがない社会では生きられない人間という生物

どうもだっきーです。

 

このページに飛んでくれてありがとう!

 

皆さんは、イライラするな~と思ったことはありますでしょうか?

 

いきなりの質問で戸惑うかもしれませんが、この記事を読むことで「イライラする」という現象について何かしらの手掛かりを得ることができるかもしれません。

 

とはいうのも、タイトルで書いてあるようにストレスがない社会で生きられない生き物が人間であるからです。ストレスの中に「イライラする」という現象が含まれます。

 

でも...ほんとうにそうなのでしょうか......?

 

イライラなんてしたくはないし、喧嘩や悩みなんてなければ世の中が幸せなのでは...と一度や二度考えるものです。確かに、喧嘩や悩みがなくなれば一時的な幸せが起きるかと思いますが、本当の幸せなのでしょうか?

 

というのも、喧嘩や悩みには背後の関係があります。喧嘩であれば、相違の意見の違いやからかいといったことから起こります。悩みは、相手の評価を意識することや想定外の出来事が起きることで出てくるものです。

 

背後の関係を知らずに、「喧嘩は物騒だからやめた方がいい」「悩みなんて相談したら軽くなるよ」なんて言えたものではありませんね。しかし、これでは問題解決ではなく、都合のいい言い訳を考えているみたいです。私が伝えたいことではないし、伝えるべき内容でもないなと、思います。

 

とても簡単に言うと、喧嘩や悩みが出てくるのは比較対象者がいるからです。幸せは誰もがつかみたいですが、幸せに感じれる枠というものがとても小さいので全員が入れるものではありません。それぞれが感じる幸せは、何かしらのモデルとなるものがあってもそこに入れる定員数には限度があるため、その部分では幸せを妥協しているのです。

 

たとえば、衣食住が用意できる生活を送ることが幸せだという人と高級マンションでリッチな生活を送ることが幸せだという人がいるとしましょう。前者の人は、生活水準さえ満たせれば幸せだと感じ、さらに言えば、少し豪華な食事が食べられた日にはとても幸せな人生を歩んでいると感じるでしょう。後者の人は、前者の人とは条件が異なりリッチな生活を満喫できなければ幸せだと感じられないようなので、幸せを維持するためにはお金持ちではなければいけないかもしれません。

 

別の考え方をとると、リスクとリターンで説明がつくかもしれません。リスクはストレスの度合いで、リターンが幸福感だとします。ローリスク‐ローリターンな生活は「イライラすることも少ないかもしれませんが、幸福感もさほど変わりありません。」

 

この考えでいくと、ローリスク‐ハイリターンの生活ができる状態ってないんじゃないの...と思われるかもしれませんが、「衣食住の最低基準で生活できる人たちの豪華な食事がとれた時」がその条件に当てはまるかと思います。逆のハイリスク‐ローリターンは「リッチな部屋は確保できたけど、仕事の量が多く議て満足できない状態」が当てはまりそうですね。

 

2つの例をあげましたが、幸せとは「理想にあるのではなく、現実の中での充実体験」ではないかと感じています。ストレスは幸せと表裏一体で、「理想上で幸せではない部分がイライラする」のではないでしょうか。

 

では、違うページで会いましょう

学生ブロガーが多いのはなぜなのかについての考察

どうも、だっきーです

 

副業がブームのように増えてきているのはなぜだろう...と考えたことはありますか?

 

例えば、このブログを書くのも副業の一環としておこなっている人もいれば、趣味で描く人もいますよね。この差は何なのでしょう。また、最近では「中高生ブロガー」なる人も現れ、学業を傍らでブログを書いて収入を得ているとか...。

 

文章を書くことが仕事である「作家やライター」という高い壁が感じていましたが、ブロガーというものが2000年近くから少しずつ、増えてきました。また、ブロガーというのは自分自身のエッセイ(自伝)であったり、日記のような体験談を綴り、多くの人に共感を呼ぶような文章を書きます(中には根拠のないものや信用できる内容かはわかりませんが...)。

 

要するに、自伝や体験談というのはある程度の人生経験を積むことで書けるようになります。幼少期につらい体験を受け、そのようなことを次世代に起こらないようにしたいという注意喚起やこんなところに行ったよという報告などがブログ等に見られることが多いです。他にも挙げるとしたら、趣味を共有したい(このルアーでこんな魚が○○という場所で釣れたよ)という気持ちが新たに趣味を始める人の支えになるでしょう。

 

こういう内容を書くことには何も問題はなく、私自身もこうして書いているので問題ないかと思います。しかし、「学生ブロガー」と称し、学業と両立してまでブログを執筆しなければいけない根本の理由には辿りついていないと思うのです。。。むしろ、私たちはそういったことに目を背けているのかもしれませんね。

 

今回は、「学生ブロガー」をしているのはなぜか、何を動機として学生ブロガーをしているのかという問題点を探ろうと思います。これを書いていても解決できる手立てなるかわかりませんが....

 

さっそく、見てみよう!

 

 

学生ブロガーの定義とブログ開始の動機って?

学生ブロガーは、「中学、高校、大学」と教育機関に通いながらもブログを通じて収入を得ている人とする。趣味や日記のようにブログをしていて金銭を得ていない人は今回の定義付けから除かせていただく。

 

学生ブロガーは、近年多く見られる肩書きのようなものだが、何かしらの魅力であったり、個性を活かしたいという気持ちがあるのだろう。

 

動機は以下の7つから至ったのではないかと考えられる。

 

1.生活費を稼ぐため

家庭の環境によっては「学生ブロガーとなって働きなさい」と言われて始めた人もいるのではないだろうか。アルバイトだと中高生は学校の規則で認められていないためできないが、ブロガーのような副業か趣味の微妙なラインだと収入を得ていると学校に言わない限りは見つからずにできるのである。(収入を親の口座名義にするとそういった事も可能になる?)

 

 

2.自分の人生設計を立てるための費用

少し前の話であれば、終身雇用かつ年功序列の制度があったので、就職すればある程度の金銭面は保証されていた。しかし、現在の日本はどうだろうか。

 

就職してもリストラされるかもしれないしてもリスクがあり、さらに就活までに必要な能力がより多く求められるようになった。学生も周知のことだろう。

 

そのため、将来安定した職業に付けなくても最低限食いつなげる費用を学生のうちから稼ごうとしているのである。

 

 

3.奨学金の返済

学校に通うためにも費用がかかるが、授業料を払えない人でも奨学金を受け取り、学校に通う学生もいるだろう。

 

就職後も学校にお金を返しながら生活するのは将来的に不安がつくものである。2.で話したように就職が不安定なものだからである。そのため、学業と両立してバイトやブロガーといった副業をして、少しでも早く返せるように準備しているのである。

 

 

4.若いうちの経験として始める

中高生のアルバイトは実際のところ少ない。できないわけではないが、賃金が成人と比べて少し安かったり、夜遅くまでは働くことができないという問題がある。また、お小遣いで買えないような高いものも欲しくなる時期ではあるので始めたというケースもあるだろう。

 

スマホやパソコンといった用意に必要なものはあるが、現代は、中高生でもスマホを持たされているので、それを使ってブログを書いているのである。また、お金がもらえるようになると自己肯定感が上がりやすくなるのだろう。

 

 

5.自伝が価値あるものだ思った

自分のつらい体験や珍しい出来事を多く経験し、それを誰かに見て欲しいから始めたということも考えられる。TwitterなどのSNSツールを使い、広く薄い友人を作ることが可能になった。

 

全く同じ経験ではなくとも、似たような経験やこういうことで悩んでるという人を救いたいという気持ち一心でブログを書き続ける人もいるのではないだろうか。

 

 

6.趣味から天職だと感じる

初めは、趣味程度でやっていたが、ある時、多くの人から見られるようになって「自分の書いた文章が読まれるものなんだ」と気づく。そこから、ブロガーとしての文才に発展し、文章を書いて人に見られることを幸せだと感じていくのである。

 

7.友人から誘われる

学校の友人がブロガーで、ある時「ブロガーって簡単に始められるんだよ」と声をかけられる。最初は疑いつつも文章を書いて投稿すると読んでくれる人が増えてきたというパターンである。

 

このケースは、次第にマルチやネズミ講に引っかかる可能性もあるかもしれないので注意が必要である。(判断は自己責任だからね)

 

もちろん、これ以外の動機からブログというものを知り、ブロガーになる人もいるかもしれないが私自身思い浮かばなかったので思い浮かび次第、追加していこうと思う。

 

 

学生の悩みを解決するためにするならわかるけど....

学生ブロガーになる動機は、色々あり、私が想像できないような動機も数多くあるのだろう。しかし、学生ブロガーがいないと困ることもある。それは、学校事情であったり、学生の流行といったものである。

 

また、学生ならではの悩みというものも発信することで、見てくれている大人が助けられる対策を考えてくれるかもしれない。というのも、学生というのは社会に出ていないのでとても不安定で、自分というパーソナリティーをしっかりと判断しにくいからだ。

 

学校事情や流行、悩みというものがわかると、学生をターゲットにしている仕事の人は目を通し、その人自身もブロガーであれば、ベストアンサーをブログにて書いて教えてあげることもできるだろう。私たちが伝えられるのは過去の学生の経験であり、現在の学生とは異なるのでは...という方のいるだろうが、ネット上の悩みを打ち上げベストアンサーができるのは年齢関係なく、もしかしたらこれを読んでいるあなたかもしれない

 

 

考えられる学生の問題点

学生は「なぜ」ブロガーという肩書きを持ち、金銭を必要としているのでしょうか。

 

学生の理想としている暮らしと現実の暮らしに対し不満を持つことが考えられます。衣食住だけではなく、あれも欲しい、これも欲しい、だけどお金がないから買うことすらできないという現実があります。これは社会人でも同じです。しかし、学生は時間が膨大にあり、理想にふける時間がとても多いかもしれません。(現実が叶わないから)

 

そのため、将来的な安心を求めるため現在の理想に近づけるために学業の時間を割きながらも金銭を稼ぐために執筆しています。それが一番の近道なのですから。

 

奨学金や将来の不安性などが、将来自分の首を絞めるのではないかということを考えて「学生ブロガー」が誕生したのかもしれませんね。

 

おわりに

ブログを執筆する時間を学業に費やすことができるのであれば、それに越したことはありませんが、動機の「1.生活費を稼ぐため」に始めた人は生活水準すらブロガーという副業にかかっているのではないでしょうか。

 

入り口が大きく、そして入りやすい副業の1つがブロガーです。しかし、明日を生きるために執筆をつづけるというのは、とても険しく背水の陣のような気がしますね。

 

次回もお楽しみに~

 

 

大学生が部活に入りたくなる理由

4月になり、入学式を迎える方が多いかと思われます。おめでとうございます。

 

大学というと高校と比べて「違うなぁ」と思われる方もいるかと思います。

 

根拠もなく、違うと思うことは…

 

  1. 高校と比べて取れる授業の幅が広くなったため、自分で選ばなければいけない
  2. 登校する時間も授業次第で選べるため、睡眠リズムが崩れやすい
  3. 高校のようにクラスというものがほとんど無いに等しいため、その場その場の環境で友だちを作らなければ交流する機会がなくなる

 

他にもあるかもしれませんが、上のような理由で困ってる方が部活動やサークルに入るのではないかと思いました。

 

要するに大学生の交流を深められる場を提供しているが、必要なのかということを今回考えていきたいと思います。

 

では、見てみよう!

 

 

大学で友人が必要なんだろうか?

 私自身も大学に入ったころは、高校の友人が一人も同じ大学に入らなかったので一人でいる時間が多く少し不安に感じることがありました。

 

一人で授業を受けることで学業に集中するのも大切かもしれませんが、受けといたほうがいい授業がどれかというのもわからない状態だったので情報を共有できる友人が欲しかったというのもあります。

 

隣の席の人に声をかけて友だちになる...というアニメみたいなシチュエーションがあればいのですが、あいにく私は社交的な人間でないので難しい現実です。そうなると、何かしら話しやすい環境があると友だちを作りやすくなると思いました。

 

大学にある環境というと学校によって変わってしまうかもしれませんが、大体の大学にあるのは部活動やサークルといった集団でいれる場所です。

 

部活やサークルだと所属に興味があり、自然と友だち付き合いをしやすくなり、交友の輪が広がりやすくなります。何も考えずに部活やサークルに所属すると居心地の悪さもありデメリットになるかもしれません。

 

 

サークル集団に関する論文紹介

サークルに関する論文というもの2014年の青年心理学研究にて高田治樹さんが発表されました。

 

大学生サークル集団への態度の探索的検討というものです。

 

サークル集団というものを以下のようにまとめております。

新井・松井(2003)にならい、”クラブ” ”部活” ”サークル” ”同好会” などを区別せず ”サークル集団” という語を用いる 

 

論文の目的は、3つに注目してサークル集団への態度がどんなものか示しています。

  1. サークル集団の態度を幅広く見るために、否定的な態度にも注目すること
  2. 大学生がとるサークル集団への態度の分類わけすること
  3. サークル集団の態度と集団の性質が関係するのかを調べること

 

大切なのは3番目のサークル集団の態度(肯定的もしくは否定的)が所属しているサークルの特性(文化系と体育会系なのかとか、個人競技と集団競技なのかとか、部活とサークルで違うのかといったもの)とどういう関係があるかというものです。

 

私は、書道部に所属していたのですが、部活内の雰囲気がよくなく、居場所がなくなってしまい辞めたという記憶が今でも残っています。あの時、我慢していれば続けられたのかな~とも思うときもありますが、この論文が何かしらの手掛かりになるかもしれませんね。

 

調査は、2つの大学でおこない、268名の回答を統計したものが結果として出てきました。対象は1年生と2年生を中心としておこなったということが大切なところです。

 

高田さんは、サークル集団態度尺度というものを作りました。サークルについて肯定的であるよという内容のものが42項目と否定的な考えを持っているよというものが42項目の計84項目からできています。

 

分析の結果、肯定的態度と否定的態度の両方に3つの因子という質問項目に関係あるグループがあることがわかりました。肯定的態度は「集団への親近」「集団への責務」「集団への妥協」ということが関係あるとわかり、否定的態度は「集団からの離脱」「集団での日和見」「集団での萎縮」というものが関係するとのことです。

 

因子項目の説明

  • 集団への親近:集団への関心や居心地が良いと感じる
  • 集団への責務:所属しているのだからしなければいけないという責任感
  • 集団への妥協:自分が嫌なことがあっても我慢できる
  • 集団からの離脱:不安やその場から立ち去ろうとする
  • 集団での日和見:自分の意見を言わず受動的に構える
  • 集団での萎縮:集団からの目を気にしている

 

ここからわかるのはサークル集団に残りやすい特徴を表しているということである。

 

「集団への親近」や「集団への責務」に当てはまる人は、サークル集団を継続していく学生に取りやすい態度であるが、「集団からの離脱」や「集団での日和見」といった態度はサークル集団を対談している学生に見られるということです。

 

「集団への妥協」や「集団での萎縮」というのは肯定性と否定性の低い態度であるが、サークル集団で楽しく活動するためには、自分を押しとどめているということも関係することが明らかにされたことです。

 

ある意味、会社の構造やTwitter交流にも通ずるものがあるのかなとも思います。「妥協や萎縮」というのは日本人であるからこそ、その場のノリや雰囲気を壊したくないという社会性が発揮され、本来したかったことをあきらめてしまうのかもしれませんね。

 

 

部活だけが居場所ではない

2014年の研究では、回答者の中に辞めてしまった人が33名(12.3%)、参加してこなかった人が37名(13.8%)、所属している人が189名(70.5%)となっており、所属していても「妥協や萎縮」が起こることもあるそうです。

 

また、大学というのは学問の分野だけではなく、友人との付き合い方という面でもとても自由性の高いものであると考えられます。昔の友人に会いに行くこともできますし、ボランティアやバイトをしていればそこから生まれる友人関係というものもあります。

 

今では、オフラインの世界(現実世界)だけではなく、オンラインの世界(仮想世界)においても繋がりを広げることができるようになっています。しかし、この記事を読んでいる人は、学校内の情報を共有できる友人を作りたいという人が多いかと思います。

 

良し悪しはありますが、部活やサークルを体験してみる(体験先で私は友人を作った思い出があります)というのも一つの手かもしれません。友達が何が好き(得意)でどんなことをしていた人なのか、ということを会ったばかりだと何も知らないのですから...

 

他に、部活に入りたくないけど、友人が欲しいという場合は、ピアサポートという環境があれば、そこから繋がる輪が生まれるかもしれませんよ!

 

 

さいごに

部活やサークルは、ある意味「友達づくりの手段」の1つであると私自身は思っています。かといって論文のように「妥協と萎縮」だけで3年間過ごしてしまうと少し肩身が狭い思いがするかもしれません。

 

入学したばかりだといろんな勧誘があって、情報にのまれてしまうかもしれませんが自分が描きたい方向さえ押せえとけば充実できるのが大学であると思います。

 

では、楽しい大学ライフをお過ごしくださいね!

ブログと論文の書き方似ている件について

どうも、だっきーです。

 

3月も終わりが近づき、4月になろうとしています。

 

元号の発表もされると思うと楽しみです。

 

ブログも2サイト目なので、仕組みが分かってきた気がします。今回は「ブログと論文の構成」が似ているのではないか、ということを考えました。

 

文章を書くという意味では同じなのでSEOの仕組みも何なしらわかるかもしれません。

 

それでは、見てみよう!

 

 

ブログの構成

ブログの構成というとSEOやサイト構成という言葉をよく耳にします。ちなみにSEOは「検索エンジン最適化(Search Engine Optimization)」の頭文字のことを表すようです。私もこの記事を書くまで知ることなかったのでいい機会でした。

 

【ゼロから分かる】ブログのSEO対策|初心者が抑えるべき7つのポイント | Buzzence

 

【SEO対策】2019年も使えるブログのアクセスアップ手法21個まとめ - 副業クエスト100

 

この2つを読んでいると、検索されるにはどうすればいいのかについて書いてあります。ようするにパソコンが検索しやすい書き方というものがあるのです。

 

 この書き方というのが論文を書くことにも繋がるのです。

 

 

心理論文の構成

 心理論文にも「型」というものがあります。

 

論文掲載誌によって書き方が少しずつ異なりますが、今回は発達心理学研究の論文の書き方を見ながら説明したいと思います。

 

  • 題名
  • 要約
  • 問題
  • 方法(参加者や使うもの、手続きなど)
  • 結果と考察
  • 文献

 

これが論文の書き方です。

 

題名をみれば、理解できるものを用意しなければ読みたい内容なのかわかりません。ここは、ブログと似てますよね。タイトルがよくわからないブログだと自分が求めている内容なのかわからなくなりますものね。

 

要約は、論文にとってはとても大切なところです。10ページ近い文章だと読めないわけではないですが、読みなれていない人にとっては「何を伝えたかった論文なのか?」と悩み続けて読まなければいけません。大切なところをピックアップされているので要約を読んでいるだけでも大まかに伝えたいことがわかり、自分が知りたい内容なのかがはっきりとわかることができます。

 

問題は、研究者が何を問題にしようとしているのかを明らかにしていることろです。また、過去にどういう研究があったのかを調べながら、わかっていることと不明なことを明らかにしていきます。ブログでいうところの外部リンクから自分の伝えたいことを説明するところに似ているかと思います。

 

方法は、同じ実験をする場合にどのような実験をするか記録されています。心理学において再現性は重要で、違うところでも同じような効果が出るのかを確かめるために書き残しています。

 

結果と考察は、結果は測定した数値を説明していきます。考察は結果から考えられることを述べていきます。問題に挙げられたものが果たして正しかったのかといったことを根拠をもとに詰めていきます。ブログでいう「おわりに」の部分ですね。

 

文献は、問題や考察で使った過去の研究者の論文をまとめて掲載しています。ブログでいうところの関連項目といったところでしょうか。理解できないところは文献を見ながら整理していきます。

 

 

綺麗な文章とは... 

ブログにしろ、論文にしろ、読んでくれる人に理解できないような文章であれば読んではくれないという現実が待っている気がします。読まれない内容は、文章は影響力もないものになります。良い文章であってもね!

 

しかし、論文は一定数は必ず読んでくれるように雑誌として発行しているので、ブログより読者層が多いのは認めなければいけないことです。論文は、監査といって文章に間違いがないか、信憑性は正しいのかといった多くの目を通してもらって発行されるものです。

 

私は、論文のSEOは過去の文献と根拠となるデータが影響を及ぼすのかと考えました。

 

といっても、学問であり、新しい発見を見つけ出すのが論文であり、ブログは書籍や体験をベースとした書き物となっているので「違う」と考える人も多いでしょう。注目を集めるための作り方の一点をみると何かしらの共通点が見えると思いました。

 

論文のように関係のあるURLを集めて、自分の解釈や文章をまとめていくといいと考えました。まとめていく作業をしている人が複数人いるとその出来事に信憑性が高いのではないかと思うことや新たな疑問点が出てくるかもしれません。論文の書き方ですけどね(笑)

 

 

文章を書くために考えること

ブログを見てもらえるために書くには、論文の構成と似ているといままで書いてきました。むしろ、論文を書いた方が大勢にみられますが、簡単に書けるものではありませんし、量産してできるものではありません。

 

要するに、劣化論文をブログとして作るということです。構造を論文のような形にし、内部リンクと外部リンクをうまく貼り付けます。査読者と一定の読者はいませんが、全く知らない文体より読みやすさのあるブログを作れるかと思います。

 

論文というと堅苦しく書いていりますが、劣化論文は、リンクの使い方の応用という側面からできる文章なので表現も自由で良いと思います。

 

劣化論文の作り方まとめ

  • 内部・外部リンクの情報を集め、自分の伝えたい情報の根拠にする
  • 表現は自由に使って書ける
  • 多角面(肯定・否定的)に詰めて書くことで新しい気づき(次回以降のネタ)が生まれる
  • 感想も個人的な経験に基づくから貴重なデータ(集まれば傾向になる)

 

 

おわりに

こういうブログを作るようになれると着眼点が養われ、大学生であれば卒論が書きやすくなるかもしれません。信憑性や妥当性というものは欠けますが、書き方としては論文そのものです。

 

SEO的にいいのかはわからないですが、文章を書く上で証拠となるものが複数リンクされている(Twitterでも可)と「多くの人が同じようにいっているし、情報として正しいことなのかな」と思わせることもできるのだと思います。(悪用すると間違っている情報においても起こる現象に...)

 

楽しいブログが書けますように...

 

次回もお楽しみに

 

 

発達心理学ってなんだろう

どうも、だっきーです

 

文章を書くタイピング速度もブログを書き始めて半年で、だいぶ早くなったと感じでいます。これも成長であって、心理学の言葉でいうと「熟達」という概念に当てはまりまるんです。

 

プロフィールでも紹介しましたが、発達心理学とは成長や獲得の心理学心理学であるのです。でも、そんなことを言っても「どんなことを研究しているの?」と疑問に持つ人も多いでしょう。

 

 

だって、普通のことしか言っていないような気がするのだもの!!!

 

 

そんな発達心理学について紹介したいと思います。

 

 

発達心理学って?

発達心理学は近年、生涯を通じて研究する分野ということで生涯発達心理学と呼ばれることが多いです。「人生とは常に成長しているからだ」という考える人が増えてきたからですね。

 

というのも、昔は、生まれてきてから成人になるまでの成長過程を研究分野として力を入れていたからです。では、発達心理学の定義とはどんなものをいうのでしょう。

 

「人間の誕生(受精)から死にいたるまでの心身の変化」と定義

シリーズ心理学と仕事 5 発達心理学(2017)太田信夫 監修 1章1節より抜粋

 

簡単に言うと「お腹のなかにいるときから観察が可能になり、生涯を終えるまで成長や変化があるのだ」ということです。とっても広くて何が何だか分からなくなりそうですよね。

 

例えば、言葉をしゃべるというのもある日突然しゃべれるようになるわけではありません。最初は「アー」や「ウー」といった文章でもなんでもない言葉でお母さんやお父さんに伝えます。

 

しばらくすると、舌がしっかりと動くようになるので「アア」といった二言目を続けて話せるようになるのです。「パパ」や「ママ」という言葉は赤ちゃんにとって話しやすい言葉でもあるので最初に言った言葉として感動されることが多いです。

 

文章になるまでを淡々と書いてもいいのですが、本題とずれているようなので違うときにゆっくりと書いていきます。それぐらい赤ちゃんというものはたくさんの勉強をし、覚えているのです。

 

人という生き物は成長する中で忘れることができる生き物でもあります。正確に言うと報酬依存という状態にならずに忘れることができます。報酬依存とは、一度、心地よいと思うと離れられなくなる状態を超えて、それがないと生きることすら断とうとする状態のことです。〇〇依存症という状態ですね。

 

忘れることは成長ではないのでは..と思う人も多いでしょう。大切な予定をすっぽかしたなんてなったら嫌ですもんね。しかし、忘れられないというのも苦痛でもあるのです。どういうこと?と思う方も多いかもしれませんね。

 

たとえ話ですが、忘れられない人がいるとしましょう。その人は物覚えがいいですが、スケジュール帳をみないで次々とやっていきます。そんな完璧な忘れられない人にとって嫌なこととは、昔に話した内容も鮮明に覚えているのに相手は曖昧にしか覚えていないこと、そして何かしらのトラブルでスケジュールをうまく終わらせられなかったときに罪悪感が取れないということです。

 

忘れられない人は、ミスするとその怒られた記憶が生涯にわたっても残り続けるということが唯一のストレスであり、忘れたいということが唯一の願いでもあるのです。実際に写真のように見るだけで覚えられる人はいますが、短命であるというじじつがあります。相当なストレスがかかるようです。

 

必要なことを覚えといて、必要でないことを忘れられるというのは、とても理想的なものであり、人の生涯にわたっての成長目的でもあります。しっかりと判断できるようになるのは、忘れられる我々にとっては未解決な問題でもあります。

 

このように、発達心理学といっても幅広く扱うので、しばらくは「大学生」を中心に書いていけてらいいな..と思っています。

 

 

発達心理学の研究って? 

 発達心理学の研究の対象者は子どもであることが多いです。理由としては多くの成長がみられ、考えさせられるものがたくさんあると思えるからです。最近では、動物でも同じ反応があるのか...とか、ロボットではどうだろうというものも研究の一環として行われています。

 

近年の研究では、2歳児が片付けをするということに従うのかという研究(坂上 他, 2016)だったり、生活困窮者世帯の子どもの社会的な支援とQOL(生活の質)と関連があるか(吉住, 2016)といったものなどがあります。

 

選んだものは、ほんの一部で心理学に触れていない人でもわかりやすそうなタイトルであるからという理由で選びました。といってもタイトルをわかりやすく変えてしまったのでリンク先(PDFで表示)を読んでもらえると堅苦しく書いてあるんだな~と思っていただけると思います。

 

片付け課題における2歳児の従順行動・不従順行動の経年変化:2004・2005年度と2010・2011年度の比較から

 

生活困窮者世帯の子どもにおけるソーシャルサポートとQOLの関連:生活保護世帯の中学生に着目して

 

書いてある内容はとても難しく、細かい字がびっしりとかいてあるので、読みなれていない人にとってはストレスがたまるかもしれません。(注意)

 

研究者によっても研究の内容が変わり、着眼点も変わる変わっていくというのが発達心理学の面白いところなのです。

 

 

研究ってどうやってしているの?

研究は、観察や質問紙という紙で回答してもらう方法を中心にしています。

 

小さな子どもであれば実際に一緒に遊んで、遊びをしていく中で会話のやり取りをしていくものもあります。

 

どんな研究であっても人を傷つける内容であってはいけません。要するに人を貶めるような研究であったり、実験後にトラウマに残るような内容のものはすることはできません。簡単に言うと「アルバート坊やの悲劇」のようなものですかね。わかりやすいものがあったので以下のリンクから読んでもらえるとわかるかと思います。

 

発達心理学でもっとも有名な実験:アルバート坊や| 同志社大学 赤ちゃん学研究センター

 

本当にあった! 恐ろしい心理学実験 | 進路のミカタニュース

 

少し前までは、倫理がなかったのでなんでもありだったのですが、上のような出来事が起こらないように倫理というものが生まれたのです。また、研究はただやればいいというものではないのです。違う場所でも同じように再現ができるのか、ということが大切になってきます。

 

再現性というのですが、その場所でしか、もしくは、その対象者だけしか見られないものだと考えられるからです。

 

心理学の研究成果の再現性は本当に低いのか-心理学者からの考察- — 京都大学

 

世間一般がいえるような効果があるものなのか、というのが心理学全体の課題でもあるのです。

 

 

おわりに

発達心理学について少しは、理解していただけたでしょうか?

 

とはいっても、調べれば調べるほど奥深くなる分野なので、私は「大学生」というジャンルを決めながらやっていきたいと思います。

 

次の公開も楽しみにしていてくださいね!